職員からのメッセージ

ASAI HOSPITAL

「患者さんを管理するのではなく、その人に必要なことをするのが、看護」 看護師(主任)

外房のいい病院と勧められ、転職

浅井病院へは中途だが、新卒からずっと精神科ひとすじ?

そうなんです。浅井病院に来る前は東京の精神科病院で働いていました。看護学校時代に実習に行った精神科の病院での看護師の患者さんとの対応が、本当に「目から鱗」だったんです。自分が思っていた看護師像と全然違う世界がそこにありました。患者さんとの関係性が、教育的で、家族的で、なぜ他人のことがこんなにわかるの?と。その指導者との出会いで、精神科に決めました。
それまで、患者さんに言われたら「やってあげなくちゃいけない」と思っていましたから。精神科では、必ずしもそれは、患者さんのためにならないんですよね。

浅井病院を選んだ理由は?

千葉に転居することが決まった時、働いていた東京の精神科病院の医師に聞いたんです。そうしたら外房にいい病院があるよ、しっかりしていて離職率も少ないようだし、と。夫はサーフィンが趣味ですし、ちょうどいいな、と思って決めました(笑)。
でも言われた通り、本当にいい病院でしたね、浅井病院は。私は精神科しか知らないので、内科に関するコンプレックスがあるんです。浅井病院は外房地域の医療過疎の中で、地域の核として存在し、精神も診れるし、身体も診れる。そのバランスが看護師として成長できます。精神科でも内科との合併症状がありますから。
前の勤務先は専門的過ぎて、点滴ですら、他の病院に移すことがあったので。

急性期だと自分から動けるが、慢性期だと患者さんからの反応を待つ

入ってみて、働きやすい職場だった?

入った当時の師長、今の看護部長なんですが、その看護が、またまた「目から鱗」でして(笑)。患者さんを管理するのではなく、その人にとって必要なことをやっている、という。その人にとって必要なことは、その場で患者さんが求めていることではないんです。人となりを見て、その人の姿を取り戻すために何をすべきか?それが必要なことなんですね。
ちなみに夫も精神科の看護師なんですが、看護師として求めるものが同じなので、家でも語り合ったりします。私は海には入らないので、趣味ではなく、家でも看護の話(笑)。

今は慢性期を担当しているが、急性期とは患者さん対応は違う?

保清ができない患者さんに、慢性期病棟に来て初めて出会いました。ベッドを見ても、自分が寝る隙間しかなかったり、3か月も入浴していなかったり、その患者さん独自のこだわりがあるんです。
じつは私は釣りが好きでして(笑)、しかもバスフィッシングとか、自分から仕掛けるほうが好きなんですね。急性期だと、自分から患者さんに仕掛けながら動けていました。しかし慢性期は、ムーミンに出てくるスナフキンみたいで、アタリが来るまで待たなければならない。だから、患者さんが好きなこととか、興味のありそうなことを、なんとなく提示できるようにして、患者さんとコミュニケーションを取れるようにしていくんです。その人となりを知らないと、アタリをつけることができません。改めて、コミュニケーションの大切さを感じています。

患者さんに、前向きな人生を考えてもらえるのが、やりがい

主任となったが?

正直に言うと、主任という役職に戸惑いはあります。看護観は人によって違うし、病院の理念と師長の考えの両方を大切にしないといけないし。伝え方によっては、スタッフが反発します。みんなに理解してもらえるように、言葉にしつつ進めなければならない。自分よりも年上のスタッフも多いですしね。臆さないで、言うべきことは言うように腹を括っているつもりですが、まだまだ主任の立場としては勉強中です。

浅井病院の働きやすいポイントは?

まず、残業がほとんどない(笑)。そして、医師とのコミュニケーションがとりやすい。あ、これは前の勤務先もそうでしたが(笑)。教育は、いま充実させている最中です。かなり新人教育も研修も充実してきていますが、もっと発展させていきたいですね。
そして保育所。敷地内にありますので、仕事の合間にも見に行けますし、安心して預けられます。と言いつつ、私は1年しか預けなかったんですが。いや、不満があったわけではないんです。自分自身が東京からの移住者なので、住んでいる地域のコミュニティに入りたくて、そのために地元の保育所に移したんです。

「急性期と慢性期、両方揃ってこそ精神科だと思っている」 看護師(病棟勤務)

急性期は患者さんの良い頃の状態を家族に教えてもらい、慢性期は自分が患者さんの家族代わり

今は慢性期病棟勤務。急性期病棟と違うことは?

時間の流れが違いますね。急性期病棟は入退院による入れ替わりが激しいのですが、慢性期病棟は病棟自体がコミュニティになっている感じがしますね。急性期なら患者さんのご家族の方が深く関わってくれて、何かあればご家族にお願いできます。しかし慢性期は、あまりそんな患者さんはいません。そのぶん、プライマリーナースが、時には家族の代わりになったりして、深く関わることになります。本当に、慢性期は患者さんとの信頼関係が濃密で、普段の関係づくりは非常に大切だなあ、と感じますね。
慢性期も経験できて良かったです。急性期だけではなく慢性期と両方が揃ってこそ、精神科だと思っていましたので。

急性期病棟での印象深いエピソードは?

患者さんも、自分でわけのわからないままに入院し、隔離され、そこから少しずつ良くなっていくのですが、退院するときに私の名前を言われて「ありがとう、入院した頃、私、メチャクチャでしたよね」と笑顔で伝えてくれた時、非常に嬉しかったです。もちろん急性期病棟に入院されるわけですから、私に対し陰性感情を持たれたり、本人の妄想によって傷つくことも言われました。でも、それは患者さん本来の姿ではなく、病気がそうさせていて、言わせているんですよね。そう思ってワンクッション置きながら仕事をしていました。
それと、いい頃の状態がどのようなものか、ご家族に確認しておくのは非常に重要です。看護師として、その患者さんの退院できそうな状況の見極めには必要な情報です。

30歳を前にして看護師を目指した

少し大人になってから看護師資格を取得したということだが?

大学の情報処理系の学部を卒業して、IT関連企業でプログラミングをやっていました。でも、あまりやりがいを感じず、福祉業界に興味があったこともあり、特別養護老人ホームに転職したんです。ヘルパー2級を取り、実務経験も積んで介護福祉士、そしてケアマネジャーの資格も得ました。しかし、当然ですが看護師のほうが医療知識を持っていますよね。その差は大きい。看護師はできるけど、介護福祉士はできないことも多いし、歯がゆい思いがありました。それで看護学校に行き始めました。30歳手前くらいの頃です。

かなり大変だったのでは?

平日は看護学校に通い、土日は夜勤で介護の仕事をしていました。夜勤中も空いてる時間があれば勉強です。看護学校に入るための予備校時代から3年ほど、そんな生活でした。さすがに学校の3年目は実習もあるし試験の準備も本格的になるし、学校に専念しましたが。
看護学校の実習で精神科に行き、統合失調症の患者を担当したのですが、うまくコミュニケーションを取れなかったり、急に患者さんが険しくなったりという経験がありました。これが本当に勉強になったんですよ。それでいずれは精神科で働きたい、と思いつつ、学校卒業後は内科で働きました(笑)。

後輩と一緒に学んでいく姿勢で教育を担当している

浅井病院に入ったのはなぜ?

転職サイトで浅井病院のことを知ったんです。人材紹介会社も「浅井病院は教育体制がしっかりしているのでいい」と。さらに調べてみたら、精神科も急性期と慢性期の両方あって、内科もあり、歴史もある。老人向け施設、デイケア、地域貢献。私にとって興味深い要素が揃っており、見学しに来たら、さらに印象もアップしました。

いま、その教育を行う担当者になっているが?

そうですね、私が「教育体制がしっかりしている」と聞いて入職したので、今後も同じように思われるよう頑張らないと。
私は新卒を担当することが多いのですが、私自身も完璧ではないし、後輩と一緒に学んで行こうという姿勢を持つようにしています。新人は真っ新な状態なので、普通に行っていることに疑問をもつことがあります。
「うん、たしかに、なぜだろう?」と思うこともしばしば。本当、勉強になります。特に直近だと、コロナ禍で実習に行かないまま卒業して看護師になり、実際の患者と話したことがなく、グイグイとコミュニケーションを取ったりする人もいます。そんな時は「距離を置こうね」と話したり。教育のツールはあるのですが、それだけじゃなく、忙しくない雰囲気を出し、悩みがあれば話しかけてもらいやすいよう努力しています。

「経験できる範囲は、意外と広い」 臨床検査技師

未経験だったけど、エコーをやりたくて浅井病院に転職

なぜ、浅井病院で就職した?

新卒では総合病院に入ったんです。4年ほどいました。もちろん検体検査を含めて色々と経験させていただいたのですが、エコーをやりたくなりました。自分で検査した結果と、症例を照合していくことで、もっと技師としてスキルをアップできるのかな?と考えたんですね。そこまでの道は、前職には用意されていませんでした。
そんな時に人材紹介会社から、浅井病院でエコー担当者を募集しているよ、しかもエコー未経験も応募OK(笑)という連絡を受けまして。それで転職してきました。

本当にエコー未経験でも大丈夫だった?

最初は先輩に一緒に入ってもらい、私のほうで見落としがないかダブルチェックをしていました。先輩が見直してくれるし、話しかけやすい雰囲気で接していただけたので、安心できましたね。
でも、私が一人でできるようになると、先輩とは一緒に入れません。一人で判断すると、何かあるんじゃないか?という不安があったりして、「私はこう思うんですけど、先輩はどう思いますか?」と先輩が自分のエコーを終えた瞬間に聞きに行ったり。

最初、精神科はドキドキした…

精神科の印象は?

最初はドキドキしましたよ(笑)。どうやって対応しよう?と考えてました。でも本当に対応が難しい人には看護師が一緒にいてくれて私と患者さんが1対1にならないようにしているし、外来であればご家族の方に入ってもらうこともあります。でも私のほうからうまく誘導すれば、気軽に「おはよう」「おつかれさま」なんて患者さんから声をかけてもらったりもします。

自分で気をつけていることは?

心電図だけなのにズボンを脱いでしまったり、ちょっと手を出してきたり、そんな患者さんがいるのは事実です。本人の意思ではなく病気でそうなっているだけですけれど、仕事に支障が出るといけないので、患者さんが突発的な行動をとるかもしれないという点、安心して検査を受けてもらえる声掛けは、常に気をつけていますね。
ただ、いきなり新卒で働くと、この環境に戸惑うかもしれません。気をつけていれば、怖いことはないんですけれど。

浅井病院で得られるスキルは多い

働きやすさはいかが?

怖いといえば、生理検査のほうは検査部の副部長が上司になるんですが、最初は怖かったんです。今でも緊張しますが(笑)。でも、言うべきことは言ってくれるし、悩んでいるとアドバイスもくれてとても信頼できる人です。
あ、そうそう、先輩が積極的に有給休暇を使ってくれるので、私たちも気兼ねなく休めます。子供がいても、残業はほとんどないし、休みも融通が効くし、互いにフォローし合える環境なので、働きやすいと思いますよ。

今後はどんな臨床検査技師になっていきたい?

意外に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、エコーは腹部、頸動脈、乳腺、心臓まで、浅井病院では網羅できるんです。私もまだまだですが、自分がやりたいと言えばやらせてもらえる職場ですし、個人的には超音波検査士の資格も取ってみたいし。もっと色々な患者さんに対応できるだけのスキルを身につけて、また未経験で入った人にも丁寧に教えてあげられる先輩になれればいいですね。

「病院と地域の連携を感じられる職場」 理学療法士

いろいろなリハビリ業務を経験してから、浅井病院へ

ある程度、他の事業所で経験を積んでから、浅井病院に転職したが?

もともと回復期の病院で働いていたんです。急性期や訪問リハも経験しました。その中で、退院した後の患者さんに会う機会もあったのですが、しっかり病院と地域が連携されていると、患者さんもうまく生活できていますよね。しかし連携が不足していると、患者さんの生活がうまくいっていないケースもあった。病院と地域の連携は大事だな、と思っていたんです。
浅井病院は、グループとして多くの機能を持っていますし、うまく地域と連携されている印象でした。

精神科の病院であることに戸惑いは?

たしかに、最初は多少の戸惑いがありましたが、思ったよりも早く慣れました。もちろん精神科領域で働いたことはありませんが、患者さんが精神科に限られるわけではありませんし、また精神科ならではの対応も自分にとっては学ぶことが多かったですし。
精神科の患者さんの場合、特にカルテ情報の中で、どういった経緯でここまで来ているのか、そして言われたら嫌がることは何か、しっかり見て接しています。また、精神疾患についても知識を高めていけるように、自分でも勉強しています。

ワークライフバランスを取りやすい職場

30代半ばでの中途入職に不安はなかった?

人見知りなので緊張しましたが、職場がアットホームだったんです。優しい方が多いので、まったく困りませんでした。私が緊張しないように、周囲が盛り立ててくれたのかもしれません。
ただ、コロナ禍での入職だったんです。歓迎会も、病院内で形だけの、こじんまりとしたもの。最近も何人かでラーメンを食べたりはしますが、大人数で集まることはできません。それがあると、もっと仲良くなれると思うんですが(笑)。

働きやすさは感じる?

残業も少ないし、ワークライフバランスは取りやすい職場だと思います。私は共働きで、小学生の子供がいるんですが、必ず夫婦のどちらかは家にいるように勤務シフトも組めますし、そういう雰囲気になるよう、科長も気を使ってくれています。リハビリテーション部内では、男性の育児休業取得者もいますよ。
また、色んな経験ができるのも浅井病院のいいところですね。地域密着という経験もできるし、私みたいに病院と地域の連携を考えている人には向く環境です。

もっとリハビリをすべきかどうか?を考える日々

担当した患者さんで印象深いことは?

浅井病院に入職して初めて担当させていただいた患者さんなんですが、腰が痛くて歩けなかったんですね。
浅井病院のご近所の方で、回復して退院された後に、たまたま浅井病院内のコンビニでお会いした時、「あの時はありがとうございました」と仰ってくれて、本当に嬉しかったです。

反面、苦労もある?

例えば、精神疾患や認知症の患者さんの場合、なかなか協力も得られませんし、うまく介入できないこともあるんです。ご本人が少し嫌がっても、もっと攻めたリハビリをやったほうが良かったのかな?それでベッド上での生活を強いられるようになったのかな?とか、考えてしまいますね。もちろん、どれが正解なのかは結果でしかわからないのですが、悩みながら対応しています。
また、ご家族の意向もポイントです。自宅に戻れるかどうかギリギリという時に、ご家族が自宅へ帰したいという気持ちを示されたら、それを尊重します。どこまで介入するかは、本当に難しいです。

「ここでしか考えられない面白さ」 ケアマネジャー&社会福祉士

宅の近くで野良猫が子供を産んだ。どうしよう?」なんて相談も(笑)

地域包括支援センター勤務とのことですが、どのような仕事?

私は地域包括支援センターで総合支援の仕事をしています。地域包括支援センターとは、東金市から委託を受けて、高齢者が住み慣れた地域で安心して暮らせるような支援をする施設です。そのために地域にどのような施設や団体があるのか、これを地域資源と呼んでいるのですが、この地域資源を探して、調べて、学んで、それらを相談してこられた方のために間に入って繋いだりするのが、私の役割ですね。色々と地域資源について知っているつもりでも、相談対応をすることで、「これとこれが、こう繋がっているんだ」と、日々発見があります。

地域の高齢者にとっての「なんでも相談室」のような感じ?

はい、そうですね。介護のように直接的なことだけではなく、本当に色々な相談が来ます。先日は「住んでいるアパートの更新期限が近いんだけど、身寄りがない。保証人になってくれる人がいないか?」なんて相談を受けました。この時は、本当に身内の方がいないのかを洗い出した上で、司法書士や行政書士なら委任契約もできるよ、と回答しましたね。
あ、そういえば、このインタビューの直前に「自宅の近くで野良猫が子供を産んでしまって、どうしたらいい?」なんて相談もありました(笑)。保健所では対応できないらしく、相談された方のケアマネさんを通じ、地域でペット系の活動をされている方に繋ぎましたね。

介護福祉士からスタートし、教員を経てケアマネへ

最初からケアマネを目指していた?

実家が浅井病院の近くなんです。それもあって、新卒でゆりの木苑に介護福祉士として入職しました。ちょうどユニット棟が新設された時で、求人が出ていたんです。働き甲斐はあったんですけれど、15年くらい勤めて違う世界も見たくなり、専門学校の教員になりました。しかし臨床の現場と教壇から見る内容とでは、かなり違いますね。結局、1年ほどで浅井病院に再就職しました。
社会福祉士は、ゆりの木苑に勤務していた頃に取得しました。

西部地域包括支援センターは、浅井病院から離れた場所だけど、いかが?

再就職した時は、浅井病院内にあるSTEPにいて、それから東部地域包括支援センターに異動したんです。STEPも東部地域包括支援センターも、足を運んで他の職員に相談ができたのが、今の西部地域包括支援センターは車で10分ですから、電話になったりします。やっぱり浅井病院本体との物理的な距離は感じますね。
でもセンター長が互いに発言しやすい空気を作ってくれていますし、離れているからこそ理解できる部分もあるんですよ。

精神科医療と地域を繋ぎ、患者さんがどう暮らすか?を体現

精神科病院におけるケアマネ・社会福祉士の役割は?

精神科医療の最先端を知った上で、精神科医療と地域と繋ぐことですね。例えば社会保障にまつわることは、直接的には精神保健福祉士よりも私たちのほうが専門領域になります。そのため私たちは、その部分が必須になってきます。精神科領域とタッグを組んで、患者さんがどう暮らすか?を体現していくんです。
双方で知っている部分を共有しながら、どんどん前に出て地域に向けた仕事をしていく。そんな面白味は、ここでしか考えられないと思います。

現場経験は生きてる?

介護福祉士や社会福祉士としての現場経験は、とても生きています。それを知っているからこそ、今の西部地域包括支援センターで質問されても説明できるんだと思います。まさに、地域包括支援センターで働くための前段階を、ゆりの木苑やSTEPで学ばせていただいた(笑)。でも、本当に「人」というのを学んだ上で高齢者と対応する仕事に入らせていただき、やりがいを感じます。
私はもともと地域の住民でしたが、西部地域包括支援センターでの業務は、東金市独自の地域包括ケアシステムの1つの指標ともなっています。地域をどう捉えるか?その視点を、これからも色々な角度から持ちつつ、もっと活躍したいと思っています。